2015年11月03日

39. 月読神社 〜京都府京都市西京区〜

11月に入り、すっかり秋めいた・・・というよりも秋もそろそろ終わりそうという感じの札幌です💦
よく、道外の方に「北海道の人は寒いのは平気なんでしょう?」と聞かれますが・・・

そんなワケあるかーーーーーい❗💥

普通に寒いですよ❗😵
毎年この時期になると憂鬱な気分になります・・・💧
雪が降ると神社へも足があまり向かなくなってしまうし・・・
その前に色々行っておこうと思ってたのですがなかなか時間が取れず全然行くことができていません。
更にこの時期だと紅葉が終わりかけていて木々もなんとなく寂しい風景を演出してるので写真を撮る気が失せ気味😞
今から既に「早く春にならないかなぁ」という気分です(笑)

さて、7月25日〜27日の京都2泊の旅の続編ですが、たった2泊だからもうあっという間に札幌へ帰る日です❗
まだまだ行きたいところはたくさんありますが、朝早くから行動して、竹生島神社であった知人に色々伺ったお話しをもとに優先順位で行きたいところを攻めてきました😃

まずはココ。


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『月読神社』

所在地  京都府京都市西京区松室山添町15
御祭神  月読尊(つきよみのみこと)
社格等  式内社(明神大社)
     松尾大社境外摂社
例祭   10月4日
鳥居   明神鳥居
拝殿   流造

【由緒】
月読神社は、顕宗天皇3年(487年)に阿閉臣事代(あへのおみことしろ)が勅命によって任那(みまな=朝鮮半島)に派遣される際、月神が現れ、その託宣によって山城国葛野郡歌荒樔田(うたあらすだ)に社殿を創建したのが始まりとされる。
その後、斎衡3年(856年)に現在地に遷座したと伝えられている。
本殿は江戸時代に建立されたもの。


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場所は嵐山駅の一つ前の駅の松尾大社駅から松尾大社へ向かい、松尾大社・二之鳥居のところで左折して徒歩で10〜15分ぐらい(だったと思う)。
真夏の炎天下の中、のんびりとした雰囲気の住宅地をトランクを引きずりながら熱中症にならないように片手にミネラルウォーター・・・
ホント京都へ来てから何本消化しただろう?
2Lのを買ってホテルに置いておけば良かった・・・今度からそうしよう。
そんなことを考えてるうちにやがて鳥居が見えてきました💡

鳥居の横に石碑があります。

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この神社は京都市指定文化財に定められています。

夜を支配する月読尊様に関することでよく知られているのは天照大神様の弟神様ということですかね。
個人的なイメージだと、物静かに物事を見据えていて、とてもクールで知的なイメージ。
あと、イケメン(笑)

天を照らし生命を育み活動的にさせる太陽(天照大神様)とは反対に、生命を眠らせて癒す月。
月といえばどうしても神秘的なイメージ・・・いかなる時代であっても神秘的なものの対象です。
そんな魅力的な月の神、月読尊様が管轄する神社はどんなところなのか・・・ずっと前からワクワクしていました
因みに全国に幾つかある月読神社ですが、北海道にはありません😞

よく、太陽は男性、月は女性とも例えられるけど、最近の女性は月とはちょっと違うイメージの人が多いかな(笑)
私もそうかもしれません(笑)

ただ、女性の体のサイクル(月経)は月のサイクルと基本的には同じです。
また出産も満月と新月の時が多いのは昔から知られていて、データも残されています。
不思議な関係の月と女性。
もちろん男性も、動物も植物も昆虫も月の影響を受けてるけど話しがそれちゃうので詳しくはまた別の機会に。

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そうそう❗
この景色❗
ずっと来たかった・・・❗

一礼して階段を上がります。

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神門


神門を抜けた先は異世界でした

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あんなに暑かったのに気温下がった!?ってぐらい清涼感が凄かったです
暑さがどこかへ飛んでいったみたいに不思議な感覚でした。

とても癒される感じ

神様が人払いをしてくれたのか、そこにいた数人の団体様が私と入れ違いで出て行き、次の場所へ移動しようと思うその時まで誰も来ませんでした。

目一杯、静かな時間をこの境内で過ごしました

初っ端から不思議なことばかりのこの旅でしたが、次の目的地『松尾大社』でもとても不思議なお導きがありました
次の投稿で書きますが、ちょっとだけお楽しみに

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舞殿


神門をくぐるとそこに舞殿があるのですが、四面をビニールで覆われていました。
台風が直撃の予定だったのでその対策かな?
結局台風は上陸せず滞在中は毎日晴天でしたが

その奥に月読尊様を祀るお社があります。

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自然に囲まれて、とても居心地が良いです
この中に住みたいぐらい(笑)

あちらに見えるのは聖徳太子社です。

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聖徳太子社


赤金の屋根がいいですね

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願掛け陰陽石


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この二つの石を撫でて願いをかけるものですが、だいたいいつも
「世界の人たちの笑顔が少しでも増えますように〜」
ぐらいしか願いません。
もしくはノらない(笑)
基、願掛けには興味がない(笑)

・・・というのも、個人的な願望ってのは自分の努力で叶えるものだからね・・・

ついでに、私が色んな神社を巡ってるのを見て「パワースポット巡りしてるの?」「それで運気上がるの?」とかいう方もいますが、どちらも全く違います。
ミーハーなパワースポットマニアでもありませんし、神頼みしたりパワーを神様からもらいに行ってるわけでもありません(笑)
邪念と煩悩まみれで神様からのご慈悲を受けられるとは思いません。
第一、”パワースポット”だと思って行ってません(笑)
時にはそういう場合も人や環境によりあるとは思いますが・・・

あと、神社には神様だけがいるかと言えばそうではありません。
他の目に見えないものもいます。

最近の誰が言ったか知らないが”パワースポットブーム”に多少、嫌気がさしています・・・(笑)

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解穢の水

手水舎に代わるものですが、お山からの霊水だそうです
ここにあるのを気が付かなくて、気づいたのは参拝した後でした

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安産を司る月読尊様の神社には子宝を望むたくさんの方々が訪れているようです

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月延石

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赤ちゃんを望む皆さんのところには今頃家族が増えているといいですね

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神門から参道の眺め

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この塀の内と外は別々の世界。
正しく神領とか聖域というのにふさわしい場所でした

神様の温かさと涼しげな空気で(矛盾した表現だけど)、心静かになりたい時は特にいい場所

京都へ来る時は必ず寄ってしまうかな、きっと
posted by RYO at 22:54| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

38. 建部大社 〜滋賀県大津市神領〜

前回からの続き。(「自分のルーツを求めて」)

京都から滋賀へ足を延ばして琵琶湖の竹生島神社へ行き、その帰りに瀬田の唐橋へ行きました。

橋の入り口に看板があります。

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橋を超えた先には建部大社があるのか・・・とちょっとワクワクしながら・・・


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『建部大社』

所在地  滋賀県大津市神領一丁目16-1
御祭神  日本武尊(やまとやけるのみこと)
     天明玉命(あめのあかるたまのみこと)
     大己貴命 (おおなむちのみこと)
     草野姫命(かやのひめのみこと)
社格等  式内社
例祭   4月15日
鳥居   明神鳥居
拝殿   一間社流造

【由緒】
当社は近江国の一の宮と称えられ、景行天皇四十六年(西暦三一六)四月神崎郡建部郷千草嶽に、日本武尊の御神灵を建部大神としてお祀りしたのが創りである。
天武天皇白鳳四年(六七五)四月に近江国府のあった瀬田の地にお迂し、此の国の守護神として仰ぎ奉られる様に なった。天平勝宝七年(七五五)には 孝徳天皇の詔により大和一の宮大神神社から大己貴命を勧請し権殿に奉祭せられ現在に至っている。


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実はこの建部大社、これまた不思議なご縁があって、私が以前から公私共にとてもお世話になっていて”父”のようにも”兄”のようにも慕っている社長さんに深い縁がある神社なのです
その方のご先祖様はなんとこの神社の御祭神である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)様
曾々々お爺様や曾々お爺様などが日本史や古い書物に名前が載ってる由緒正しきご子孫
そのご縁もあるのでこの建部大社には関西方面へ行った祭によく参拝されていて、その度に建部大社の仕事守りや勝守りなどを買ってきてくれる方なんです
なので以前からずーーーっと建部大社は気になっていて一度は訪れたいと思っていました。
その方には一緒にビジネスの面で関わらせていただいてたこともあり、出張などの機会があれば同行させていただこうとも思ってたけどなかなか機会がなく・・・
お互いご先祖様の時代から縁が近く、現世においてもご縁があり関わらせていただいて、考えるととても不思議というか、先祖代々決められたご縁と捉えるべきか、そんなこんなでこれは一度きちんと参拝に訪れたいと思っていたのが今回のタイミングで可能になるなんて・・・

余談ですが、そのお世話になってる社長さんは、正しく戦いの神様である日本武尊様のように戦(いくさ)とは言わないけど何かアクシデントがある程ワクワクしちゃうような方でして(笑)、また何があっても絶対に勝ち上がるタイプの、本当に勇ましくてメンタルも強くてものすごく頭がキレる方で勉強家、それでいて器も大きく情に厚い温かい方で人として憧れの方、人として大好きな方でもあります
自分もこうなりたい・・・男女問わずそう思わせられてしまう人たらしでもあります

さて、その方のご先祖様である日本武尊様をお祀りする神社は一体どんな神社なのか、妄想しながら橋を渡り終えて少し歩くと社号標が💡

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またその少し先に・・・見えてきました

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案外近かったです

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そうそう、日本武尊様を描いたアニメも過去にあったような・・・

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一の鳥居からの長い参道に余計に心が逸ります

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この参道をずっと行って左折すると二之鳥居と神門が現れます💡

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松や両脇の灯篭がまたいい雰囲気で風情があります〜

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手水舎

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社務所

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神門


とても素敵な神門
御神燈の大きな提灯、神紋の入った幕。
神紋は、一夜にして成長したと伝わる御神木の三本杉を模したもの。

夏の建部大社の神門には硝子の風鈴がたくさん飾ってありましたよ

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風が吹くたびにチリンチリンと涼しげでとてもいい音色が響き渡ります

で・・・もう既にお気付きの方もいるかもしれませんが・・・
そうなんです
到着した際には既に閉門していました😵(笑)
遅かったか〜

しかし、この私ですからそう簡単には諦めません(笑)

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無礼をして神様に怒られるかな・・・という不安がありながらも、神門の隙間からネチっこく写真を撮らせていただきました(笑)
心の中で神様に土下座しながら💦(笑)

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以外と綺麗に撮らせてくださいました
こちらは拝殿。
右手前にあるのが幕にもある神紋となっている御神木の三本杉です

ここからでも神域のピンとした空気感が伝わってきます

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左奥に摂社・末社が並んでいるのも見えました💡

拝殿の奥には本殿・権殿があって、お社も幾つかあり、宝物殿には日本武尊様の肖像が描かれた古い千円札や重要文化財の女神像などもあるようです。

神紋の前であまりしつこく写真撮ってたら怪しまれるのでこの辺にして、また改めて参拝に伺わせてもらうことにしました

斜め後ろに庭園のようなところがあったので寄ってみました

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参集殿


参拝に来られた方がここで一休みするのでしょうか。

ふと足元をみると立て看板が💡

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建部川柳・・・

ジワジワくる・・・(笑)

境内の塀にも立派な門があってここにも神紋がついてて重厚感がありました

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気がつけばとっぷりと陽が暮れて・・・

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名残惜しいけどそろそろ撤退しなければ・・・

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神門から参道の眺め


参拝を諦めて戻る参道・・・
でもこの後に私はとても素晴らしい景色に出会うのでした(「自分のルーツを求めて」)

ご先祖様が足繁く通ったであろう建部大社。
今回は参拝はできなかったけど、この土地を踏むことができました
また近いうちに、必ずきちんと参拝に来ます、と神様に約束をして夕暮れの建部大社を後にしました

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posted by RYO at 23:39| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

37. 竹生島神社(都久夫須麻神社) 〜滋賀県長浜市〜

京都2泊の旅、実は一番の目的はここにありました。
場所は京都府の隣、滋賀県は琵琶湖の中。
琵琶湖の南側、大津付近に寄りたいところがあるので、スケジュール的に京都滞在の方が便利だったので今回は京都に宿泊することにしたのです。


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『竹生島神社』

所在地  滋賀県長浜市早崎町1665
御祭神  市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)=弁財天
     宇賀福神(うがふくじん)
     淺井姫命(あざいひめのみこと)
社格等  旧県社
例祭   6月15日
鳥居   明神鳥居
拝殿   入母屋造

【由緒】
総国風土記に雄略天皇3年に浅井姫命を祀る小祠が出来たのが始まりであるとしている。縁起によれば神亀元年天照大神の神託により当竹生島に市杵島姫命が祀られ、天平3年には聖武天皇が参拝され神殿を新築し、社前に天忍穂耳命、大己貴命を祀り、天平宝字8年藤原仲麻呂の反乱の際当社の神護により治乱したので年号を天平神護と改め、祭神に従5位の神位が授けられたと記されている。平安期に入って神宮寺たる宝厳寺が島内に建立された。それ以後天台の僧がたびたび参拝するに及んで「辨智」「辨財」の利益を受け辨才天信仰が隆んになった。寿永2年平経正が当社の拝殿で仙童の琵琶で秘曲を弾じたことが平家物語や源平盛衰記に出ている。貞永元年、享徳4年、更らに永禄元年と火災に遭っているがいづれも再建され、特に慶長7年豊臣秀頼は片桐旦元を普請奉行として伏見桃山御殿の一部を移し造営させたものが現社殿である。明治4年郷社に列し、同32年県社に加列し本殿は国宝に指定された。昭和5年境内地、社有地一帯は史跡名勝地に指定された。



目的の竹生島(ちくぶじま)神社は琵琶湖の中、北側にぽっかり浮かぶ島にあります。
ここは島自体が御神体とされていて、別名「都久夫須麻(つくぶすま)神社」ともいいます。
後者の方が正称のようですひらめき

名前の由来は『近江国風土記』によると夷服岳の多多美比古命が姪にあたる浅井岳の浅井姫命と高さを競い、負けた多多美比古命が浅井姫命の首を落としたところ首が湖に落ちて竹生島ができたといいます。
一説には、首が沈む時に「都布都布(ふつふつ)」という音をたてたので「都布失島」の名となったといい、また一説には、最初に生えたのが竹だったので「竹生島」と称した、とされています。

鳥居の額には『竹生島神社』と入っているし御朱印も同様。
どうやら”竹生島”で統一してるようですね。

竹生島神社参拝では初めて会う方々がいて、お昼に琵琶湖の港で待ち合わせをしていました。
遅れないようにちょっと早めにホテルを出発
近江今津港から竹生島に向かうため、JRで移動しました。

予めお伝えしておきますが、あまりの覇気というか神気というんでしょうか・・・ボ〜っとしてるというか、心奪われすぎて写真があまりありませんあせあせ(飛び散る汗)(笑)
気持ちの上で撮ってる余裕があまりなかったんです
なので、御神体である竹生島の雰囲気だけでも感じていただけたらと思います

さて、京都の賑やかさから離れて山里のような景色を眺めながらひたすらJRに揺られること約1時間(ぐらいはかかったかな?)。
琵琶湖の綺麗な景色が見えてきました

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奥に見えるのは別の島なのか、対岸の陸なのかよくわかりませんが、このあたりは別荘かなと思わせるようなリゾート感のあるマンションなども湖のほとりに幾つが立ち並んでいて、子供達は同じJRで海水浴ではなく湖水浴をするために各駅で降りていってました。

近江今津駅で降りて5分ほど湖に向かって歩くと竹生島行きのフェリーが出てる港に着きます。
ここでお会いする予定だった皆さんと落ち合って、いよいよ出航

挨拶なんかも含め会話をしながら琵琶湖の北へ向かいます。

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徐々に竹生島が近づいてくるんですが・・・
もうこの時点でなんていうか、圧迫感というか、近寄りがたさというか、うまく表現できないけどとにかく普通じゃない感覚に襲われましたあせあせ(飛び散る汗)
押し返される感じexclamation×2
神々しいっていうのかな、うまく言えないので是非行って体感してきてくださいexclamation(笑)

目の前までやってきましたexclamation

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これが竹生島です
精神的に高揚してたのか、島の全体像を写したものがない(笑)
こんもりした丸みのある島ですひらめき

島へ降り立つと圧迫感みたいなのは消えていて、結界があるとしたらその中は平和というか、居心地が良いというか、そんな感じです

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フェリー乗り場から島の中心を眺める

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「琵琶湖八景 深緑 竹生島の沈影」と書いてあります。
琵琶湖に濃い影を落とす、緑豊かな竹生島のことを言っています。
八景ということは他に7つ。
調べましたよ

・月明 彦根の古城(げつめい ひこねのこじょう)
・涼風 雄松崎の白汀(りょうふう おまつざきのはくてい)
・新雪 賤ヶ岳の大観(しんせつ しずがたけのたいかん)
・煙雨 比叡の樹林(えんう ひえいのじゅりん)
・夕陽 瀬田・石山の清流(ゆうよう せた・いしやまのせいりゅう)
・暁霧 海津大崎の岩礁(ぎょうむ かいずおおさきのがんしょう)
・春色 安土・八幡の水郷(しゅんしょく あづちはちまんのすいごう)

これ、今調べてちょっと驚いたのですが、管理人のご先祖のルーツが冒頭に述べた琵琶湖の南側にある大津付近の”瀬田”にあるので今回の旅で寄ろうと思っていました。
更に”瀬田の唐橋”も立ち寄ろうと思っていて、竹生島の帰りに行ったのですが時間帯が夕暮れ時で、ついでに前々から行きたかった『建部大社』が”瀬田の唐橋”を渡った先にあったものでそこにも行ったけど既に閉門していました。
少しガッカリしながら”瀬田の唐橋”を戻ったのですが、その時の景色が本当に素晴らしくて息を飲みました
逆に到着時間が遅くなったからこそ出会えた景色
自分のDNAの記憶を辿りながらご先祖様がいたであろうその場所に暫く立ち尽くしていました。

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瀬田の唐橋から撮った写真ですが、360°とても綺麗な空でした。
奥にある山並みと手前を流れる瀬田川の色と陰影が素晴らしくて、なぜか涙がこみ上げてくるほど感動しました

これが琵琶湖八景に入っていたとは
頷けます

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『瀬田の唐橋』については次回に詳しく書きますね。

話しを戻して・・・
竹生島に上陸し上にある本殿へ階段を登ります。

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途中、参拝案内図があるのでこの通りに周ります。

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写真がやっぱり不出来ですねぇ(笑)
文字が切れてるやん(笑)

島の外側を歩きますがここからの景色がまた絶景

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案内板通りにそのまま行くと、招福弁財天、白巳大臣が祀られているお社があります。

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この上の写真の右手にあるのが本殿です。

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左下が天忍穂耳命、右下が江島社・厳島社です。
本殿で参拝・・・なのですが、ここでは色々あり過ぎて詳しくは書けません、悪しからずあせあせ(飛び散る汗)
とにかく凄い体験をさせていただきました
手を合わせていると体が左右にユラユラしてとても不思議で特別な時間をいただきました
ありがとうございます

後ろが湖に向かって祀られている竹生島竜神(竜神拝所)

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いや〜〜〜なんかとてもいい雰囲気ですねッ
好きな感じ
もうちょっと近くから・・・

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逆光であまりよく見えませんが、両サイドには神使の巳がいますひらめき
巳の位が高くなると龍に成る、とどこかで聞いたことがあります

この眼下が”かわらけ(かわら投げ)”です。

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小さな素焼きのお皿(かわら)を2つもらい、名前とお願いごとを書いてこの鳥居に向かって投げます。
投げたお皿が鳥居をくぐると願い事が成就すると言われています。
鳥居の付近の白い色は全て投げられたお皿です
晴れてたので白い砂のビーチみたいにキラキラして眩しかったです
ここまで来て、同行してくれた方の一人が気を使って、
「RYOさん、やらないんですか?」
って薦めてくれたんですが、あまりの神々しさと本殿での参拝で頭の中がなんだか真っ白・・・暫くボ〜〜〜っとしてしまってたらーっ(汗)(笑)
特に個人的なお願い事もないので、みんながお皿を投げてる間、神様の風を感じていました

本殿から観音堂と国重要文化財「船廊下」を通り・・・

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抜けるとまた階段がひらめき

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ここからの景色がまた絶景exclamation×2

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結構上まで来たな〜exclamation
この上にあるのが『宝厳寺本堂<弁才天堂>』です。

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装飾なども素晴らしかったです
お堂の外には国重要文化財である「宝厳寺五重石塔」と不動明王様がいました。

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お堂の左奥にお社がありますが、名前を忘れてしまいました
が、龍神様にまつわるお社です。

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一通り巡って、あとは降るだけです。

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階段が結構急なので、参拝の際はお気をつけて くださいね

貴重な体験をさせていただいた竹生島ともサヨナラですが、帰りはいつもちょっと寂しくなります
同行してくださった皆様との別れももうそろそろ・・・

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帰りのフェリーから見た空も神気が入り混じっていました

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わかる人にはわかるような写真かな

このあと、港に戻って同行した皆さんとお茶しながらたくさん色んな話しを聞いたりさせていただいたりしました
本当に時間はあっという間に過ぎてしまいます。
数時間一緒にいただけなのに別れ際は本当に寂しくなってしまった・・・でもまた会えるのでその時を楽しみにしています

その”時”にしかない”時間”の中で出会えたご縁、大切にしていきたいな

そう思いながら、自分のルーツへと向かうのでした。
posted by RYO at 15:37| 北海道 ☔| Comment(2) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする