2017年11月03日

48. 余市神社 〜北海道余市郡〜

また間が空いてしまいました😵
そして気が付けば季節は秋を通り越してもう冬が目の前に💦
札幌はこれから厳しい季節になります💨

時間を遡って、GW真っ只中の5月4日に訪れた神社の紹介です。


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『余市神社』

所在地  余市郡余市町富沢町14丁目4番地
御祀神  天照大神(あまてらすおおかみ)
      保食神(うけもちのかみ)
      大物主神(おおものぬしのかみ)
      大己貴神(おおなむちのかみ)
      少彦名神(すくなひこなのかみ)
旧社格  県社
例祭   6月10日
鳥居   靖国鳥居
社殿   神明造

【由緒】
文政10年(1827)本町開発者林長左衛門が京都伏見稲荷の分霊を上余市の魚場場所の浜中町湯殿山下にに勧請し氏神とし稲荷神社と称した。
同社は明治8年郷社と公称した。
安永2年(1773)松前角平は漁夫83名を率いて山碓町に漁場を開設し、山碓シリパ山麓に日頃信仰していた伏見稲荷を勧請した山碓稲荷と称し氏神とした。
明治16年にこの山碓稲荷を合祀し現在地に移転した。明治44年8月余市神社と改称し、大正12年5月新社殿が建築竣工し、翌13年に県社に昇格した。
昭和52年5月31日現在の社殿が落成、同52年8月30日創建百五十年祭並に造営奉祝祭を斎行、昭和63年社務所が改築落成した。

合併により合祀された歴史をもつ御祭神
琴平神社・稲荷神社



小樽方面から国道229号(余市あたりでは「電電国道」と名付けられています)を道なりに進むと交差点の右前方に社号標が現れます💡

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ずーっと奥の方に目をやると遠くに白っぽい鳥居が

立地から考えて、この神社の規模がわかりますね😃
今はアスファルトになってるけど昔はこの道が参道だったであろうことは簡単に想像できます。

鳥居の前までワープ❗

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思った通りの立派な神社です

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お天気にも恵まれて差し色のように朱が映えています

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狛犬さんは新しさを感じますね。

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社額

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拝殿から参道の眺め

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梟と七福神の石碑


拝殿の正面に何やら張り紙が・・・

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そういえば鳥居の右側にも立て札がありました👀

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ふむふむ、「よい願いが叶う?幸福運巡り」の説明書きとルートが書かれています。

余市神社→幸田露伴の碑→旧福原漁場→旧下ヨイチ運上家→モイレ神社→三吉神社(大川町5丁目)

この6箇所(モイレ神社は運上家の所にあるそうなので場所的には5箇所)を立て札のルート通りに巡ったら願いが叶う❗というお話し。
・・・というか、”噂話”と書いてるところが正直で良心的な感じがにじみ出ています

余市神社がスタート地点で、巡る順序がわかるようにこういう用紙を用意してくれていました😃↓

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一見、ただのゲン担ぎに思えますが、実はこの6箇所、余市の史跡などなんですね
なので余市という街を知るにはモッテコイだったります

運気を上げるついでに余市と歴史に触れてみるのも良いと思います
もちろん私は・・・巡ってませんが

「よい願いが叶う?幸福運巡り」したい❗
という方は写真付きで分かりやすいこちらのサイトを参考になさると良いかもです→→→トラベルjp<たびねす>

御朱印帳もいただきましたが、それは御朱印のカテゴリに後日UPします💡
posted by RYO at 20:25| 北海道 ☔| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

47. 高島稲荷神社 〜北海道小樽市〜

久しぶりの更新です💦

5月の晴れた日、小樽〜積丹方面へ行ってきました。
小樽の神社については以前、住吉神社木霊神社龍宮神社(ここの御朱印が立派❗後日UPします)の記事を書きました。

初夏にある”小樽三大祭り”と称される例大祭を執り行うのは住吉神社と龍宮神社、そして水天宮なんですが、その水天宮の記事をまだ書けていません💧
実は不思議な縁により小樽で一番最初に訪れた神社は水天宮なんですが、なぜか陽の出てるうちにタイミングが合わない😵
でもそのうち記事にできると思います。

で、今回はコチラです。


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『高島稲荷神社』

所在地  小樽市高島3丁目14番地1号
御祀神  倉稲魂命(うがのみたまのみこと)
      市岐島姫命(いちきしまひめのみこと)
      小彦名命(すくなひこなのみこと)
旧社格  村社
例祭   7月5日
鳥居   根巻鳥居
拝殿   神明造

【由緒】
元禄3年(1690)創祀、享和2年(1802)現在地に再建と伝えられる。
文化4年(1807)タカシマ場所を巡察した近藤重蔵によれば当地で越年する漁民は二百数十人にのぼるとしており、また安政3年(1856)の松浦武四郎『廻浦日記』によれば運上屋・板蔵十三・荷物蔵・漁小屋・細工小屋のほか「稲荷社(梁二間・桁二間半)、前なる川の向にあり。
又弁天社(梁二間・桁二間半)澗内の島に有」と記されている。
明治8年村社に列せられ、同37年境内地の増加が許可され、大正5年に社殿が改築された。大正14年8月30日には神饌幣帛料供進神社に指定される。
大正末期には社務所が建築されたが昭和11年近隣からの出火により全焼し、昭和13年再建、昭和46年現在の社務所・本殿共に改築された。
合併により合祀された歴史をもつ御祭神
弁天社 市岐島姫命 昭和46年合祀・三吉神社 小彦名命 平成9年9月15日合祀



場所は小樽運河などの観光名所と小樽水族館のちょうど中間ぐらい、道道454からスッと山側に入った所にあります。
油断したら見落としそう💦

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小樽の神社らしく、高台にあります。

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一、二ノ鳥居まであって、意外とちゃんとしてるなという印象💡
第ノ鳥居をくぐると更に意外な事に立派な石垣が❗

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由緒を調べると創祀が300年以上前❗
小樽の神社ではかなり古い方だと思います。
この上にお城が建ってても良さそうなバランスよくキッチリと積まれた素晴らしい石垣✨
昔の人は歪な石をうまく組み合わせてよくこんなのを作ったもんだと感服

この石段を上がるといよいよ全貌が現れます。

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どっしりとした明神造りのお社の脇にちゃんと狛犬さんが座っています。

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狛犬さん達は近年新しく置き換えられた模様。

しかしこのお社の周りの柵は何でしょう??
以前お社にいたずらをした人でもいたのかな・・・とか勝手に解釈してしまう💧

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赤岩山神と鎮魂碑


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拝殿から参道の眺め

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ニノ鳥居から参道の眺め


視界の先には海
港町の神社が高い位置にあるのには実は意味があります。
東北大震災の時、津波の被害に遭った町々の神社の殆どは原型を留めているんです。

それは何故か?

「神様が守ってくれた」といえばロマンチックだけど(なきにしもあらず、とも思うけど)、理由はもっとシンプル。

過去にも何度が大きな津波が襲ってきたことがあったので、神社を建てる際にその災害から学んで海水が上がってこない位置に建てた、ということです。

なので津波の災害時には高台の神社へ避難するのが良い、という話しもあります。

先人が過去の経験から学んだことを今に生かしてくれている、そう思うと神社がそこに建っていることにはちゃんとした意味があって、同時に有り難みも感じます

神様はその高台から、町に住む人や漁の航海をいつも見守ってくれているんですね
ラベル:小樽 神様 稲荷
posted by RYO at 01:50| 北海道 ☔| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

46. 獅子内神社 〜北海道石狩郡当別町〜

今年初の神社の記事をUPします❗
前回に引き続き石狩群内の神社です。

当別神社に行った後、出発した時間が遅かった為に日暮れが迫っていたので帰りながら通り道付近にある神社に立ち寄ることにしました。
なかなか「ここ!」というのが見つからず、道道81号線を走って獅子内に入りました。

そういえば、立ち寄りはしなかったけど、この道沿いにスウェーデンヒルズがあったんですよねぇ〜💡
このエリアができた時は結構話題になってたし一度見に行ったことがあったけど昔のことすぎて忘れてた❗(笑)

過疎ってるという噂も聞いたことがあるけど気になって今頃になってサイトを閲覧・・・今こうやって見ると街の景観も景色も意外といいかもしれない(笑)
移住しようかな・・・(笑)

さて、本題。


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『獅子内神社』

所在地  石狩郡当別町獅子内6429番地
御祀神  天照大御(あまてらすおおみかみ)
      桓武天皇(かんむてんのう)
      孝明天皇(こうめいてんのう)
社格等  ?
例祭   4月14日(春祭)
      9月9日(秋祭)
      (9月15日に例祭をやっている記事がありましたので、お出掛けの際はご確認ください)
鳥居   靖国鳥居
拝殿   神明造

【由緒】
当地域は、明治26年の入植に始まり、東に平安農場ありて郷里、京都の平安神宮の御分霊を祀り、西は京坂農場にして天照皇大神宮の御分霊を奉斎せり、同一地域に二社が鎮座し故に祭事も各社別個に行われた。
地域の一体化を望む有志相計り、二社合祀の話し合いが実を結び大正九年九月仮社殿を十八線の山の麓に後造営し合祀す、その後大正十五年四月十四日現在地に、竣成し春の大祭を斎行せり
 更に平成四年 獅子内開期百年記念事業の一環として事業費千八百二万五千五百円で氏子の赤誠を以って奉賛し、御造営に着手
 同年九月八日、遷座祭を氏子総出で奉仕し九月十三日開拓百年奉告祭を斎行せり


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この辺りはとても長閑な環境で道道沿にポツポツと家があるような場所です。
途中、白いお馬さん(恐らく道産子)がお庭に繋がれているお宅があって、馬好きな私もちょっと寄り道・・・と言っても私有地なのでは入れない為、遠巻きに馬に声をかけたりしていました。
お家の方に変な人来たって思われたかな?(笑)

一面畑のような中をひた走るとポツンと立ってる鳥居が目に入ります。

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社号標


参道は意外に長く、途中に鳥居がもう一基立っています。

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この日は天気がイマイチだったのでどうしても暗い雰囲気が漂いますが、それが逆にお社の奥から押し寄せてくるピリピリするような山の威厳さが伝わってくるような気がしました

暗い雰囲気とは言っても、こうして見てみるとお社の部分だけは明るく写る不思議・・・

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なんとな〜く近寄りがたい雰囲気があるんですよねぇ・・・
ただ、木の感じを見ると年月を感じますが、結構この神社は地元の方に大切にされてると思います

たまに、本当に手入れも何もされてないような、雑に扱われてる感じの神社に出会うことがあって、そういうのは悲しいというか寂しいというか、胸が締め付けられるようなそんな気持ちになっていたたまれなくなります😞

建てられた当初は人に大切にされて例祭なども賑やかに行われ、子供達の遊び場にもなっていただろうし、参拝に訪れる人々の話しをたくさん聞き、その土地と人々を見守っていてくれた神様。
時代の流れによって訪れる人達も減り、日本の文化は薄れてだんだん忘れ去られてしまう・・・
そこに神様がいたのなら、どんな気持ちだろう・・・と考えられずにはいられない。

「もう君らのことは知らんがな」ってその地を去ってしまう神様、それでも少ない人間の為に居てくれる神様、どうしようもなく悲しい気持ちで立ち尽くす神様、色々なのかなぁ・・・

前に酷い状態の神社に訪れて危ない目に遭って注意を受けているので、あまりにも酷い神社には立ち入らないようにしています、直感的な判断ですが。

パワスポブームとやらに乗っかってメジャーな神社へ行くのは悪いことではないと思うんだけど、まずは地元の神社を大切にして欲しいなって個人的には思ったりしています。

一番近くで見守ってくれているからね

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社額


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狛犬さん


ドッシリとした狛犬さん❗
力強い感じです

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拝殿から参道の眺め


紅葉の時期になると綺麗な写真が撮れそう
・・・松が多いからそうでもないかな(笑)

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色々巡っていると北海道ってやっぱり山の神が納めてるのかな〜って、そんな感じもしてきます
この地の先住民族であるアイヌ人、アイヌ文化も自然信仰。
アイヌの人たちにとっては山の神様は一番尊く、「キムンカムイ(”カムイ”=神様)」(別名あり)と呼ばれています。
キムンカムイは熊のことを言ったりもするそうです。
山々の緑に恵まれた北海道に住んでると山を”神様”と崇めていたのも理解できるような気がするんだよなぁ〜・・・たくさんの恵みを頂いてるなぁ〜と。

アイヌ文化の神話はまだちゃんと勉強したことはありませんが、神社を求めてアチコチ行ってると自分が住んでいる土地のルーツなどにもたくさん興味が湧いてきてワクワクすることが多いですよ
posted by RYO at 00:09| 北海道 ☔| Comment(0) | 神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする